わりとよくある演劇部の話⑧

本番の日がやってきた。「もうここまで来たら顧問としてやることはないんだよ。あとは君たちに任せる。芝居という飛行機を美しく飛ばしてくれ!」とかっこいいことを言って、客席に余裕で(余裕のふりをして)座るのが常である。

 

しかし顧問にとっては5年ぶりの県大会である。やはり落ち着かない。そうこうする間に開演3分前。ここで突発的出来事発声、じゃなく発生。開演とともにビデオカメラのボタンを押したのを確かめると、会場の外に出た。

 

約20分後、ようやく会場に入り観劇。なんとなく照明の輪に入っていなかったり、音響が少し大きかったりするが、まあでもいいだろう。部員たちはちゃんと飛行機を美しく飛ばしている。でもやっぱり気になるのは時間。上演前にメモしておいた、前日の通しのいくつかのシーンのラップタイムのメモを見ながら、少し遅れていること気にしつつ。

 

40分を過ぎて、シーンが変わると、SSの照明のあたりがずれている。会場を抜け出し、調光室に入り、修正を指示する。また客席に座ると、今度はカットしたサスペンションライトがやっぱり必要とわかり、また走って調光室へ。そわそわそわそわうるさい観客になってしまった。すみません。でも何か自分も飛行機飛ばしに参加しているようでちょっとうれしくなる。

 

また客席に戻る。さあ残り10分、今度こそじっくり観るぞ。何気なくビデオカメラのタイムを見る。53分。メモによるとここは51分で始まるシーンだ。え!2分オーバー!動揺。しかし冷静に考えれば、この劇の予定上演時間は57分30秒。まだ30秒余裕があるのだ。しかしふだんは余裕を前面に押し出しつつも、実は余裕がない顧問はいてもたってもいられない。また会場を出て、舞台袖へ。こういう時に自分が出てしまうのだなあ。

 

舞台袖に行くと、時間測定係の3人の先生方が3台のストップウオッチをにらめっこしている。「ねえ、ねえ、今何分?」「57分20秒です。」「ひぇ~、どうしよう、どうしよう!」測定係の先生はただ苦笑いするしかない。

 

昔だったら、こういう場合の場面やセリフカット対策をしていたが、今回はしていない。経験上、稽古の最終通しよりも大幅に伸びることはない、むしろ早く終わることを知っているからだ。しかし経験はあてにならない。だから想定外のことが起きると、ただうろたえるだけである。舞台袖に控えた部員たちに「ねえ、早くして、ねえ、早く一歩出て」と声をかける。「芝居という飛行機を美しく飛ばしてくれ!」と言ったときのあの姿はどこへ?

 

挙句の果てに、枯葉を降らす準備をしていた舞台監督に「枯葉降らすのやめようよ。」と言ってしまう。彼女は「え?」と驚く。だって転換中に降らす枯葉をカットしたからって、時間が短くなるわけではないことはすぐわかる。しかしテンパリ顧問にはそれがわからない。

 

最後のシーンの前の転換は58分30秒を過ぎて始まった・・・しかし、このシーンは短い。それを知った顧問はほっとした。舞台監督に「さあ、枯葉を降らそう!」彼女は当然のように「はい。」と言って見事な枯葉を降らせた。(バタバタしていて自分では見られなかったと後で彼女は言う・・・)

 

最後のシーン、1分にも満たないシーン、幕が降りる。緞帳降下時間12秒。舞台監督は言う。「59分30秒でした。」 結局2分遅れのまま、推移したのだ。

 

もちろん上演後はまた余裕を装いつつ部員たちに「君たちは美しい飛行機を飛ばした。」と言った。しかし顧問の慌てぶりを初めてみてしまった部員たちはその言葉を言うときの少しうわずった顧問の口調を聞き逃さなかった。

 

やれやれ舞台というところは、何十年やってもいろいろな経験をしますね。

 

※この話はほとんど(?)フィクションです。(かもしれません)

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