復刊96号  WEB版


代表審査員講評 リアル志向と 笑いの向上 扇田 昭彦

 久しぶりの高校演劇全国大会の審査員をつとめた。前回、審査員をつとめたのが第四十二回の札幌大会(一九九六年)だから、六年ぶりである。
 神奈川県相模原市のグリーンホール相模大野で三日間、代表十一校の出場校の舞台を終わった今、私が感じた高校演劇の六年間の変化は次のようなものである。
 第一の変化は、出場校の演技レベルが確実に上がったこと。以前の全国大会でよく見られた、小劇場系の叫ぶようなセリフ回しが減り、聞きとりやすい発声とリアルな表現が増えてきた。これは戯曲自体にリアルな感触をもつ作品が増えてきたことと連動する。
 第二の変化は、戯曲レベルでも、演技レベルでも、全体に笑いの表現が向上し、洗練されてきたこと。全体に笑いをとる間がうまくなった。
 では、個々の出場校の舞台を振り返ってみよう。
 第一日。滝高校(愛知県)『いってきます!』(滝源作作、生徒創作)は高校演劇に多い演劇部もの。この種の作品は部室や教室を舞台にすることが多いが、この作品は生徒が発声練習などをする公園に舞台を設定したのが面白い。装置がよく出来ていて、照明の変化で時間と季節の経過が示される。
 舞台のテンポがよく、おちゃめな笑いが楽しかった。多くの登場人物をおもしろく書き分けた台本の努力は評価するが、生徒たちの性格設定は多分に類型的だ。声を張った正面を切る演技も目立つ。部活動に熱心な「愛」が交通事故で不意に死んでしまうが、愛の死を仲間たちがどう受け止めたのかを書き込めば、劇にもっと深みが出たはずだ。
 北海道池田高校『今夜はすき焼き(仮)』(新井繁作、顧問創作)。ていねいに作られた舞台で、抑制のきいた演技にもスーパーの事務所の装置にもリアルな感触があった。全体に人物の彫りも深い。例えば、万引きでつかまった高校生がなぜ万引きをしたのかは、「ゲーム感覚」というセリフも出てくるが、結局、最後まで分からない。分かりやすい説明をしていないところ、つまり人物に影と謎の部分を残したところが新鮮だ。後半、彼を取り調べるレジ係の青年をめぐる意外な事情が明らかになるどんでん返し的趣向も面白い。ただし、今回のような大きな会場では「静かな演劇」風の演技が不利に働いたのも事実で、セリフが聞こえにくい個所があった。男性の登場人物に比べ、パートの女性従業員たちの描き方が類型的なのも気になった。
 神奈川県の麻布大学付属渕野辺高校『九郎〜源義経流亡誌』(菅原正志作)は高校演劇には珍しい時代劇。しかも衣裳、武具、小道具にも凝ったスペクタル性に富む舞台作りだ。物語も、影武者が本物になり代わり、平泉に最後にたどり着いた義経の一行二人は全員が偽物だったという設定など、おもしろいひねりがあった(ただし、序章は木下順二の『子午線の祀り』と重なる個所がある)。  正統的な時代劇という訳ではないが、それでもこうした時代劇を演じ切るには、生徒たちの演技や踊りの技術をもっと高める必要がある。演技よりも、衣裳や小道具が先行した感のある舞台だった。
 山口県立岩国総合高校『めろん』(高橋幸雄作)は、コミカルで精彩のある舞台。うまく出来た既成台本だが、出演者四人だけの会話を面白く見せるにはかなりの技術がいる。この舞台の場合、すだれの向こうに庭木と庭石が見えるなど、こまかく配慮したリアルな舞台美術がまずよかった。劇の展開に応じて、登場人物が回り続ける扇風機の場所を変えるなど、演出もこまやかだ。父親の価値切り下げを象徴するユーモラスな「お父さん人形」もよく出来ていた。  母親役の演技がうまく、主婦の生活感まで感じられたのは収穫。会社の上司と不倫を続け、婚約者と結婚したくないとごねる長女めろん役のふてくされた演技もおもしろかった。この舞台は優秀校に選ばれた。
 第二日。大阪の大谷学園大谷高校『生きっぷし』は生徒創作。作者の稲垣朋恵が作・主演し、演出もする活躍ぶりで、舞台には若い活気がある。
 毎日、メールで友達とおしゃべりをしたり、不登校の生徒を励ましたりする高校生ナナ(稲垣)の世界が大阪弁を使い、奔放なタッチで描かれる。だが、やがて実はナナ自身が不登校で、 友達もナナの幻影だったというどんでん返しが来る。携帯のメールを使って現実とバーチャルな世界の逆転現象を描くあたり、いかにも今の高校生らしい作品だ。母親が家の中でもナナに携帯で話をし、ナナが「お母さん、口で言いや!」と不満を言うところもリアリティーがある。ただし、戯曲が先行したためか、発声法を含めて演技が全体に幼いのが難点。
 久留米大学附設高校『フラスコ・ロケット』(白壁裕作、生徒創作)には好感を覚えた。高校の理科室を舞台にした学園もので、特に劇的な出来事は起こらないのだが、落ち着いた自然なセリフ回しがよく聞こえ、ユーモアもある。舞台美術も、やや、タッパは足りないものの、すっきりした装置だった。教室内でいつも影が薄く、友達もいない孤独な生徒ムラセの存在が出色。ムラセ役のひょうひょうとした演技も印象的だ。彼は化学部入りを希望しているが、反対者もいて、劇の終わりになっても化学 部入りが決まらない。よくある友情物語やハッピーエンドにしない、苦みを残した物語展開だ。優秀校に選ばれた舞台である。
 福島県立小名浜高校の『チェンジ・ザ・ワールド』(石原哲也作、顧問創作)は感動的な舞台だった。戯曲が優れ(大会で創作脚本賞を受賞)、出演者たちの演技にも明確な顔と個性があった。高校演劇という枠組みを外しても通用する舞台だった。
 不良グループから脱けられない高校生の北沢と、ガンで入院中の柳の間に生まれた友情を描く作品で、北沢役の迫力ある演技が見事。キスをためらう主任看護婦の前に、キスしていい印の月が、まるで蜷川幸雄演出のような特大の大きさで映し出される趣向は爆笑ものだった。そんな「陽」の明るさと、イジメをめぐる「陰」の部分がしっかり噛み合った展開がうまい。この舞台は最優秀校に輝いた。
 全国大会初出場の徳島県立阿南養護学校ひわさ分校『まじめにヤレ』(紋田正博構成)は社会批判色の強い異色の朗読劇。劇を演じるよりも、「終戦の詔勅」「日本国憲法」などのテキスト朗読(マイクを使う)と録音による構成は、生徒の多くが知的障害者であることによるのかもしれない。万国旗、大漁旗などを飾った装置がにぎやかだ。生徒たちの健闘に心を動かされた。だが、構成の仕方によるのか、生徒たち自身の存在よりも、テキスト構成者の思いが前面に出 ているのには疑問を覚えた。
 東京都立第四商業高校『夏の庭〜風に吹かれてかすかに揺れて』(湯本香樹実原作、演劇部脚色)は、原作の中心的な人物であるおじいさんをわざと登場させない脚色が特色。だが、おじいさんの姿がなかなか浮かびあがらないもどかしさが残る。女性徒が少年三人を演じたが、これは部分的に少女に変えた方が実感が出たのではないか。演技陣の中では、おばあさん役の演技にしっとりとしたふくらみがあった。
 三日目の千葉県立薬園台高校『桜井家の掟』(阿部順作、顧問創作)は作品、演技ともに活気ある舞台。離婚で解体する家族を、四人姉妹を中心に、湿っぽさのないからりとした笑いで描いたウエルメイドな作品だ。不良っぽい豪快な三女「蘭」役の演技が愉快だ。マンガ的笑いが多いが、家族最後のパーティーの場面など、ほろりとさせる趣向もある。窓の向こうで落ち葉を散らせるなど、装置も凝っている。優秀校に選ばれた舞台である。
 群馬県立安中高校『恐ろしい箱』(原澤毅一作、顧問創作)は、床に黒いマットを敷いただけのほとんど「なにもない空間」で劇を進行させた発想の大胆さを買いたい。エレベーターに閉じ込められた男女を描く不条理劇風の喜劇で、ケラリーノ・サンドロヴィッチの劇を連想した。エレベーターの空間が不気味なバーチャル空間に変化するのもおもしろい。ただし、この種の劇をおもしろく見せるためには、演技がもっとうまいことが必要だ。 (演劇評論家・ 静岡文化芸術大学教授)